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e-waldorf newsletter no.19

「神聖な愚か者」シュタイナー教育とスピリチュアリティ
2011.3.2

みなさん、こんにちは。
e-waldorf の石川華代です。
いつも、ニューズレターを読んで下さってどうもありがとうございます。三寒四温で、少しずつ春に近づいている今日この頃、行きつ戻りつ
しつつ、春に近づいているのを感じて心が踊ります。

今回は、少し趣向を変えて、シュタイナー教育とスピリチュアリティに
ついて、人智学を生きるお仲間の関倫尚(せき みちたか)さんに、寄稿していただきました。私とは違った角度から、シュタイナー教育に
ついて書いて下さっていて、とても興味深いと思います。




「Holy Fool - 神聖な愚か者」 

シュタイナー教育は、「子どもたちは白紙である」と考えるタブララサのように、教え込む教育では、ありません。

思い出す教育です。

シュタイナーの Foundation Stone Meditation では

Practice Spirit-Remembering
Practice Spirit-Awareness (mindfulness)
Practice Spirit-Vision (Beholding)

<ドイツ語>
Ube Geist-Erinnern
Ube Geist-Besinnen
Ube Geist-Erschauen

という部分がありますが、ここでも、出てくるRemembering(思い出す)ということが、アントロポゾフィーでも大事にしているうちの一つです。

記憶と自我には大きな関係があります。

0~7歳までは、エーテル体の誕生のための準備
7~14歳までは、アストラル体の誕生のための準備
14~21歳までは、自我の誕生のための準備
という考え方が一般的であり、これはこれで大事なことです。

子どもが小さい時でも自我がないわけではありません。
それは、私たちが生まれる前に母親のおなかの中にいるからといって、いないわけではないというのと似ているかもしれません。

教師がスピリチャルな理解のもとに、天使、大天使、権天使とつながり、ともに働くことが、こどもたちの将来の自我の発達の栄養となります。

これは、なかなか目にみえない部分です。毎日の授業やその成果としてすぐ表れるようなことでもありませんし、銀行の預金が増えるようなこともありません。

現代では、結果がすぐにみえないものは、切り捨てられる傾向があります。だから、このスピリチャルな試みは、愚かな行為として受け取られ
こともあると思います。英語でいうとFoolです。

未来に実るであろう本当の自我のために、現世にあった物をあたえるだけではなく、宇宙の進化に沿った種をまく行為です。

それはたんに愚かな(Fool)ではなく、神聖な(Holy)愚か者です。

私はそんなHoly Foolたちに心からエールを送りたいです。

ソーシャルファシリテーター

関 倫尚
エマソン・カレッジ教員養成修了
オイリュトミートレーニング修了
アンナマリーの社会オイリュトミーコース修了




ここで倫尚さんが引用している "Foundation Stone Meditation"
の詩は、3つの段落に分かれています。上の3行は、それぞれ
の段落から1行ずつ引用したものです。

(過去の事を)思い出す霊
(今現在に起きていることに)心を留める(気づく)霊
(未来に起きることを)明視する霊

これらを鍛え、実行せよ・・・と言っています。

数少ない言葉であるだけに、これを読んだ時に皆さんの胸に様々な
想いが浮かぶことでしょう。

私は、この3行からこんなことを思います。

過去を思い出す。今生/過去生があって、現在の私たちが在ります。
その過去を思い出す。過去から今を紡ぎ出す。過去を受け止める。
癒しが必要な過去とその記憶を清める。

そして、今を生きる。今、現在をじっくり見据え、感じ、今できる
ことをする。

そして、未来に対するヴィジョンを持つ。明らかな理想と視野を持ち、
それをはっきりと見る。想像する。私たちは、私たちの自由意志でもっ
て、そのヴィジョンへ向かっていく。

過去、現在、未来へと続くこの詩。私は、今が大事!・・・と強く思い
ます。過去を見つめるのも今、未来に高らかな希望と理想に満ちた視野
を持つのも今。今、何をするかが、問われているのだと。

この「現在」についての段落では、こんなことも書かれています。

なんじの 自我を 
世界の自我へと 結びつけなさい

自分の自我、世界の自我・・・それぞれの自我が、おのおのの我を真っ直ぐ持ちつつ、善なる意志で結びつくとき、世界は更に美しい未来へと前進するのでしょう。

今日はこの言葉で瞑想しようと思います。

いつも読んで下さってどうも有り難うございます。